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2010.02.19(Fri)

CROWN PLUS Level 4 Lesson 3

今回はこれまでで一番ミスが多い自信が・・・

―訳始め―

-1-

ある点では、ユダヤ人、キリスト教徒、イスラム教徒が皆同じ神を信じているために、互いに誤解し争いさえするというのは奇妙だ。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の間には重要で複雑な違いがあるが、出来るだけ単純な言葉でその状況を要約してみよう。
3つの本のセット―「トーラー」、「新約聖書」、「コーラン」がある。ユダヤ人たちは「トーラー」に自分たちの信仰の基礎を置き、キリスト教徒は「新約聖書」に自分たちの信仰の基礎を置き(もっとも「トーラー」のほとんどを受け入れもしていたが)、イスラム教徒は「コーラン」に自分たちの信仰の基礎を置いた(もっとも「トーラー」のほとんどと「新約聖書」の大部分を受け入れもしていたが)。「トーラー」―3つの信仰全てに受け入れられている―はまさに時代の初期から、ユダヤ人の歴史を教えてくれる。それはどのように神が世界を作ったのか、どのように人間は始めに神に背いたのか、そしてどのように人間社会が次第に発達していったのかを教えてくれる。それは周辺の民族との闘争におけるユダヤ人の話に従っている。そして彼らは強い国々に何度も負けてきたが、彼らは自分たちの神、ヤハウェが、自分たちのための特別な計画と、特別な場所―約束の地―を持っているといつも信じていた。
それから、約2000年前、ナザレのイエスと呼ばれる、ユダヤの信仰療法家であり宗教指導者である人が、神からの新たなメッセージと思われるものと、神の新たな解釈をもたらした。イエスによれば、神は自分の選民、ユダヤ人を世話してきたから、厳格な立法者として見るべきではない。代わりに、私たちが個人として頼るのであれば、どんな人間をも歓迎する準備が出来ている愛情の深い父である。
キリスト教徒は、イエス自身は単に心配することもあるような人間ではなく、神によって送られ導かれたということを信じてもいる。キリスト教徒はイエス自身が、ある意味で、申請であると信じている。
この約600年後に、別の預言者であり軍事指導者である人、ユダヤ人ではなくアラブ人であったが、神から別のメッセージを持ってきた。ムハンマドは神の偉大さを力説し、神は分けることが出来る、あるいは違う「人々」から成るというキリスト教の考えを拒絶した。
イスラム教徒は自分たちの信仰を、ユダヤ教やキリスト教の教典を通してだんだん発達してきたメッセージの、完全で最後の形であるとみなしている。彼らはムハンマドを、アブラハム、ノア、モーセ、イエスを含む伝達者の中の最後で最も偉大な人であるとみなしている。


-2-

しかしもちろん、不賛成の地域もたくさんある。実際、一つの物語でさえ完全に異なった解釈をすることが可能だ。依然として今日の思想に影響を及ぼす一つの太古の話が、サムソンと呼ばれるユダヤ人の英雄の話だ。
そのサムソンの人生の話は「士師記」と呼ばれる本によって伝えられる。サムソンはおそらく約3000年前に生きていて、並外れた体力を持つ男であった。その物語のある部分によると、彼は素手で若いライオンをばらばらに裂いた。
その頃、エーゲ海の地域から来た、ペリシテ人(びと)と呼ばれる人々の集団は、今のパレスチナ(”Palestine”という言葉は”Philistine”に由来している)の沿岸地方に定住していた。ペリシテ人はユダヤ人とのいくつかの小さな戦争で勝利を収めてきた―ひとつには彼らが鉄製武器の作り方を知っているのに対して、ユダヤ人の武器は青銅製であったという理由だ。「士師記」によると、サムソンはユダヤ人をペリシテ人の支配から解放するために神に選ばれた。
サムソンの人生の話では、私たちは、時折戦争の中での、時折平和の中で共に暮らしながらの、ユダヤ人やペリシテ人の間の不安定な関係を見ることが出来る。サムソンの最初の妻はペリシテ人の女性だった。しかし謎々合戦で、彼女は友人のペリシテ人を、答えを教えることによって手助けした。怒りを覚えたので、サムソンは自分の妻の元を去って、そしてその年の末に彼が戻ってきたとき、彼女は別の男の元にいた。それから彼はペリシテ人の穀物畑を焼き、仕返しにペリシテ人は彼の妻と彼女の父を殺した。この後ペリシテ人に対してのサムソンの手柄の話がたくさんある。
しかし、すぐに、サムソンは別のペリシテ人の女性、デリラと恋に落ちた。彼女もまたどのように彼を裏切るかを理解する前に、サムソンがナジル人(びと)であったことを理解しなければならない。
ユダヤ人自身はペリシテ人の少し前にこの地域に着き、様々な戦争の後、彼らはそこに住んでいた人々(カナン人(びと))とだんだん折り合いをつけていった。


-3-

実際は、自分たちの神の信仰をやめカナン人の神も受け入れるユダヤ人もいれば、これに強く反対し自分たちの神ヤハウェに対する忠誠心と肩入れを強調しようとするユダヤ人もいた。これらのナジル人はいくつかの約束をした。そのうちの一つは、決して髪を剃ったり切ったりしてはいけないということだ。サムソンが交わしたが、すでに破ってしまったナジル人のもう一つの約束は、決してワインを飲んではならないということだ。
ペリシテ人からの圧力の下で、デリラはサムソンを説得して、彼女の彼の大きな強さ―長い髪の秘密を伝えさせた。サムソンは、自分の強さが彼のナジル人の約束のお返しとして神が贈ってくれた物であると信じていた。デリラはペリシテ人にサムソンの秘密を教え、彼が眠っている間に髪を切るよう手配した。彼は弱った状態で、ペリシテ人は彼を捕えることができた。ペリシテ人はサムソンの目を見えなくさせて奴隷として働かせた。
しかしある日、ペリシテ人はサムソンに対する自分たちの勝利を、彼らの神、ダゴンの神殿で祝いたがった。彼らは自分たちを楽しませるためにサムソンを神殿に連れてくることを決めた。ある少年はサムソンを案内する必要があり、サムソンはその少年に自分をその神殿の大きな柱に連れてくるよう頼んだ。


-4-

サムソンはそこに着くとすぐに、神に自分を助けるよう頼み、髪は彼に以前の強さを与え、サムソンは神殿の柱を押し倒した。建物全体が崩壊し、彼のペリシテ人の敵の多くと共に彼も死んだ。
この話は今日どんな意味を持っているのか。私たちはそれをどう解釈したらよいのか。あるレベルでは、サムソンの話は神への信仰についてのものだ。彼の約束を破ることと彼のナジル人の秘密をペリシテ人の女性に教えたことで、サムソンは自身の神、ヤハウェを見捨てた。彼はもうすでに神の支援者に値せず、神は彼を敵に捕えられるままにしておいた。しかし彼が絶望と恥を感じて神に助けを求めたときに、神は彼に強さの贈り物を返した。多くの読者にとって、教訓は私たちが神に助けを求め、信仰心を持っていれば、神は答えるだろう、ということだ。
しかし始めから、サムソンの話には深い問題もある。ユダヤ人、キリスト教徒、イスラム教徒は皆全て命は神からの贈り物、世界を作ったときの最初の人間に吹き込まれた神の息吹であると信じている。3つ全ての宗教は神の贈り物を人間が捨てるのは間違っていて、自殺は間違っていると信じている。しかしサムソン自身は死ぬという結果になるのを知っていたが、神殿を壊してしまう。その上、その話によると、この行動は神に認められていて、おそらくサムソンの生まれる前に神に計画さえされている。サムソンは最初の「自殺攻撃者」だったのか。


-5-

その話は、もしかしたら、神はそれと知りながら、敵を滅ぼすために自分の命を諦める人を認めていたのかもしれないということを示しているのか。
「士師記」の多くの読者はサムソンが取った行動を自殺として捉えるのではなく、彼の最初の使命への回帰であると考えることをより好む。彼はかつての自分―ナジル人であり指導者、ユダヤ人の歴史を形作るために神に送られた男、を思い出している。しかしその話によると、サムソンは、柱を押し倒すちょうど前に、「ペリシテ人と共に私を死なせて下さい。」と言っている。このことは彼が自身の死を望んでいたことを意味するのか。
実際、その話はただ自殺攻撃としてではなく、罪のない命の犠牲を無視する、民族的あるいは宗教的な攻撃として解釈されるかもしれない。サムソンを神殿に案内した少年は死ぬに値しただろうか。食べ物やワインを運んでくる召使いはある意味で罪を犯していたのか。サムソンが自身の信条を再び主張できるように彼らが死んでしまうことは正しいのか。
そしてその物語にはさらにもう一つの問題的な面がある。その話は、神はユダヤ人に、必要であれば過程の中で他の国々を破壊しながら、自分たちの利益のためにパレスチナの土地を取ってほしがっているということを示しているのか。ある点では、その話は、神が「ペリシテ人に敵対的行動をする機会を探していた」ということを私たちに教えてくれる。
サムソンの話は力強く動きのある話だ―例えば、多くの読者がその物語のジョン・ミルトンの版(『闘士サムソン』、1671年以前のいつかに書かれた)は彼の最も素晴らしい詩だ。ミルトン自身はこのときまでに目が見えなくなり、彼は強く彼の苦境に同情した。しかしサムソンの話は現実の模範、今日の考え方や決断への影響でもある。例えば、イスラエル国は核兵器―非公式に「サムソン的選択肢」と呼ばれている、を所有していることは広く信じられている。21世紀の読者にとってサムソンの話の意図は何か。

―訳終わり―


今回ばかりはミスとかあったら何が何でもコメント下さい
最初と最後部分が特に厳しいです
あと宗教の話はさっぱりです

自分は語彙の乏しさを利用して極力単純な訳を目指しているわけですが
どうにも上手くいきませんね
直訳以上意訳未満みたいな訳し方をしてるところがちょくちょくあるのでご注意、でもその方がわかりやすいと思ってやってるわけなので、プラスになってくれないと辛いですね・・・


1日150アクセスなんて昔は考えられませんでした
カウンターの設定上当然でもあったんですけどね


2/22
誤字だらけだったのを訂正
陽太のみ→よう頼み
刈れ→彼
など
眠いときにやるとこうなります
04:46  |  和訳  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

わーありがとうございます拝借します
コンピューター室で印刷してる人も見かけますよね 笑
k高生 | 2010年02月19日(金) 17:09 | URL | コメント編集

●うは


和訳おつかれさまです。
そして、ありがとうございます。

私の学校ではこのブログは
かなりの人気であります。

高校生 | 2010年02月20日(土) 22:40 | URL | コメント編集

●承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
 | 2010年02月20日(土) 23:35 |  | コメント編集

●非常に嬉しいw

ありがとうございます、非常に授業等々で助かってます。でもクラスの子には内緒で印刷して使ってます。(^ ^)
これを使えばテストもイケそうな気がします。ビバ赤点女王脱出!
赤点女王 | 2010年02月23日(火) 00:15 | URL | コメント編集

314 | 2010年02月23日(火) 18:30 | URL | コメント編集

●承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
 | 2012年07月10日(火) 05:51 |  | コメント編集

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